単品と単品

ハンバーガーとチーズバーガーを食べたいときもある

見た:「主観性を科学化する」質的研究法入門 : TAEを中心に

末武康弘, 諸富祥彦, 得丸智子, 村里忠之 編著

「主観性を科学化する」質的研究法入門 : TAEを中心に (金子書房): 2016|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

せめて「部分的に読んだ」くらいは言いたいけど、これは「見た」だな。

 

質的研究法、たぶん私がやったらハマると思うんだけど*1、私は研究者じゃないからなあ。この本を読んで、ますます生半可には手を出せない分野だ……と思いました。手を出す機会もないんだけど。大学院生になったらやりたくなるかもしれない。

やっぱり楽しそうな分野だなあというのと、多分今後も実践しないんだろうなあというのがわかったのはよかった。

*1:語りから確からしく普遍的な真実を導き出すの、ぜったい好きじゃん。

読んだ:春は馬車に乗って

横光利一 著,いとうあつき 絵

春は馬車に乗って (立東舎): 2021|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

一生使わんのだろうなと思いながら登録した「横光利一の新刊通知」が本当に動くときが(こんなに早く)来るとは……。

絵が美しくて、再解釈だなあと思いながら見ても楽しかった。音読CDが耳に蘇って情緒が忙しい。

他の「乙女の本棚」シリーズもちょっと気になってきた。

 

そういえばこれ、表紙が棺シングルベッド状態のやつでした。Oh...*1

 

 

 

*1:この間書いた話にそんな場面が出てくる。

見た:帯のデザイン

レイアウトスタイルシリーズ ; 別冊(2006)

帯のデザイン (ピエ・ブックス): 2006|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

自分で文庫本作る時に好きで帯を巻くことがあるため、関心があって。

もちろん文庫本に限らないし、文芸書だけでなくていろんな分野の本があった。私の今後に役に立つかはわからんけど、様々な思想で作られる帯があるとわかったのはよかった。装丁が大好きな「失はれる物語」(乙一)が取り上げられていたのも嬉しかった。あれ、学校の図書室で見つけて読んだんじゃなかったかと思うんだけど、紙の濡れたような加工や楽譜の書き込みが(確かあった気がするけど、間違いかもしれない)本当に楽しくて、紙の本楽しい……と強く印象に残った思い出の本。

 

あと、紙の種類まで書いてくれているデザインもけっこうあって、知らない紙がたくさんある……となった。

 

見た:美篶堂とつくるはじめての手製本 : 製本屋さんが教える本のつくりかた

美篶堂 著(2016)

美篶堂とつくるはじめての手製本 : 製本屋さんが教える本のつくりかた (河出書房新社): 2016|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

製本会社さんの本。よくAmazonで美篶堂さんの手製本関連本を見ては「気になる……」と思っていたので、読めてよかった。製本会社さんだけあって手順の説明もとても丁寧。自分でやるにはややハードルが高く感じるが、職人技を眺める分にはただ楽しい。

既存の文庫本の表紙をばらして上製本にするやつはびっくりした。そんなことができるのか……。

見た:豆本づくりのいろは = ABCs of making miniature books : 手で作る小さな本

赤井都 著(2014)

増補新板。

 

豆本づくりのいろは = ABCs of making miniature books : 手で作る小さな本 (河出書房新社): 2014|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

今読み返していたら「箔押しをやってみましょう」ページがあって、えええ!?となってしまった。活字を買えば自宅で箔押しができる……!? これ数年後にやっているかもしれないな。

今回は、筆者さんの作った豆本だけではなくて、多くの方々の作例も写真たっぷりに載っています。見ているだけで楽しい……。

見た:楽しい豆本の作りかた = The Enjoyable Guide of Making Miniature Books : 手のひらサイズの小さな世界

赤井都 著(2013)

楽しい豆本の作りかた = The Enjoyable Guide of Making Miniature Books : 手のひらサイズの小さな世界 (学研パブリッシング): 2013|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

豆本が作りたいかもしれん!(自分のちっちゃくて薄い本のために)と思って読んだ。

見ているだけで楽しい……。手順も丁寧に解説されている。私に気合が十分にあり、時間を十分に取るぞと思えたなら、これもありかなと思いました。あとお金かな。道具が色々と入り用だから……。

豆本、好きなんだけど、買うといつも保管に悩むんだよね……。

部分的に読んだ:もうすぐ絶滅するという紙の書物について

ウンベルト・エーコ, ジャン=クロード・カリエール 著
工藤妙子 訳

もうすぐ絶滅するという紙の書物について (阪急コミュニケーションズ): 2010|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

タイトルに惹かれて手に取ったはいいものの、分厚いしどうしようかなと思いながらページを繰ると、特に天地の余白がしっかり取ってあって、読みやすそう! と思えたので読んだ。組版は大事。

あと、これ、小口染めですかね? 天は色なし、小口が天から地に向かって青く染まっていって、地は真っ青なんですよ。紙の書物じゃないとできない遊びだ。

 

そう、これは、紙の書物が大好きな二人と進行役、三名の対談の記録。かなり飛ばして読んだ中で、あまりに面白かったところを引用する。

 

どんなに執拗に過去の声を聞こうとしても、図書館、博物館、シネマテークにあるのは、時が抹消しなかった、もしくは抹消しえなかった資料だけなのです。今日いまだかつてないほど実感されるのは、文化とはすべてが忘れ去られたのちになお残るものにほかならない、ということです。(p14)

と、東京心覚……!! note.com

"歴史は……歴史はね。勝った方が残したものでしかなかったんだね。本当のことなんて誰も覚えていない"って水心子が言ってた(うろ覚え)。

なんか、こうして、後々にもひとりでに胸に蘇るような言葉をもらえて、幸せな観劇体験だなあ。

私は私の書いた文章を、物語を、永遠にしたくて製本しているとよく言う。けれど、その「永遠」がどの程度のものかを知ることはできない*1。ただ、すべての本が燃えて朽ちても、まあいいか、と思う。「私を離れて、誰か別の人間の手元にある」ということが、もう永遠っぽい気もするから。私の望みは今現在進行型でたぶん叶っているんだろう。

そういえばこの本に、本には肉体と魂があって、肉体の方は朽ちていくものだという話もあった。肉体(物理本というか)、たしかに、私の本棚のコバルト文庫とか紙が変色しているもんな……。ただ、本の魂(書かれた内容?)については、誰か私でない人間に宿った時点で、ああ永遠だなあって思うことができるのと、本の魂はたぶんどこかの「すべての本」の記録庫にきちんと記録されているんだと思っている(これはファンタジー)。

 

E: (略)時にはしつこく訊かれることもありますよ。「サッカレーの『虚栄の市』は読みましたか」とか。あんまりうるさく訊かれるのでしかたなく、『虚栄の市』を読もうとしたことが過去に三回あります。しかし、どうしても途中で投げ出してしまうんです。

C:それはいいことを聞きました。私もいつか読もうと思っていまだに読んでいないんです。どうもありがとう。(p364)

 本が好きな人の会話だ。大好き。

 

本棚は、必ずしも読んだ本やいつか読むつもりの本を入れておくものではありません。その点をはっきりさせておくのは素晴らしいことですね。本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは、読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんけどね、それでかまわないんですよ。(p382)

 この間『立花隆の書棚』を読んで(見て?)、物事について知りたいと思う気持ちがとにかく大事で、知らずにいるのは自分に責任のある愚かなことであって、斜め読みでもいいから本をたくさん読むのはいいことらしい(本をたくさん集めることも)、という気持ちになったところだった

それで、本書にこう書いてあって、それはそれは嬉しい気持ちになった。私の本棚にも、まだ読めていない本が何冊か刺さっていて、それを気にしたことはあんまりないんだけど、やっぱり気にしなくていいんだな、と思いました。読むときが来たら読むし、来なければ読まない。

 

訳者あとがきも本への愛に溢れていて素敵でした。

紙の本、絶滅してほしくない……。自分の本、作れるだけ作っていこう……。

*1:国立国会図書館に納本したものは多分それなりに長期間大丈夫だろうが( https://twitter.com/your_re/status/1417441164576235526 )