単品と単品

ハンバーガーとチーズバーガーを食べたいときもある

あなたに耳を傾ける その7

これは「人間をケアする」アドベントカレンダー第21日目の記事です。

 

前回は、患者さんの医療満足度を高める*1ためには、患者さんが納得して医療を受けることが重要であること、納得のためには医師との会話が欠かせないことを書きました。

今回は、ナラティブに基づく医療について書きます。

ナラティブへの動き

エビデンス、つまり科学的根拠を用いるだけでは、患者さんの個人的な事情に対応することができません。そこで、医療に患者さんの意見や思いを取り入れる動きが出てきました。*2

患者さんのナラティブ、すなわち「語り」に注目する考え方です。*3

患者さんの語ること

患者さんの語りで、何が語られうるでしょうか。

診療における検査ではわからない、身体的、精神的、社会的な内容が考えられます。

たとえば痛みのある患者さんであれば、自覚的な痛みの程度は、語られなければわかりません。その痛みのために暮らしの中でどう困っているでしょうか(朝布団から出られるまでに2時間かかるとか、ペットボトルが開けられないとか)。痛みにより、生き続けるのをやめたいと感じているかもしれません。就業が難しくなっているかもしれません。

医師は患者さんの事情や心情の語りを聞くことで、患者さんへの理解を深めることができます。その人にとって適切な医療を、理由をもって提供できるようになります。

患者さんにとっては、医師が自分の話を聞いてくれることで、医師に寄せる信頼が増し、より深い話ができるようになるでしょう。また、自分の話を聞いた医師が提示する治療方法を、納得して受け入れやすくなると考えられます。

ナラティブに基づく医療

患者さんの個々の体験を聞き取り、患者さんにあった治療を考えるやり方は、ナラティブに基づく医療が行われます。*4

ナラティブに基づく医療は、エビデンスだけにより治療方法を決定するのではなく、患者さんの個々の状況を考慮して治療方法が決定されます。これには、医師と患者さんの双方の信頼関係が必要です。*5

エビデンスとナラティブ

ナラティブに基づく医療は、エビデンスに基づく医療を代替するものでしょうか?

いえ、そうではありません。エビデンスとナラティブは共に大切で、どちらも活かしていくのがよいと考えられています。

この文献では、エビデンスとナラティブが関連し合いながら段階を進めていく状態が提示されています。*6 語りでわかったことにエビデンスで答え、また語りが応答し、エビデンスがまた返されます。エビデンスとナラティブの段階を経るごとに、患者さんと医療者の信頼関係は深まり、患者さんの体験する苦痛が軽減したり、より良い治療や生活を体験できたりするようになるのです。

 

 

長いことかかりましたが、これで医療と語りの話、「あなたに耳を傾ける」はおしまいです。

3分診療などと言われる中、問診の場でどこまで話ができるのかは難しいところだとは思います。とはいえ、せっかく身体を預けるのですから、信頼関係をきちんと築きたいものだと思っています。

*1:これは「病気が良くなる」などの成果とはイコールでないことに注意が必要です。

*2:中山健夫先生の文献(http://arch.luke.ac.jp/dspace/bitstream/10285/12808/2/SLNR_18%25282%2529_45-48.pdf)によると、1999年にイギリスから始まった動きのようです。孫引きで恐縮ですが……。中山健夫(2015),「エビデンスとナラティブ―これからの医療と看護を考える―」,『聖路加看護学会誌』18(2), p45-48.

*3:ナラティブは「語り」や「物語」と訳されるようです。

*4:エビデンスに基づく医療は、Evidence based medicine、EBMと略されました。ナラティブに基づく医療は、Narrative based medicine、NBMと略されます。

*5:患者さんが医師を信頼するだけでなく、医師が患者さんを信頼することも必要になります。

*6:奥野雅子(2011),「ナラティブとエビデンスの関係性をめぐる一考察」,『安田女子大学紀要』39, 69-78.