単品と単品

ハンバーガーとチーズバーガーを食べたいときもある

読んだ:はつなつみずうみ分光器 : after 2000現代短歌クロニクル

瀬戸夏子 著(2021)

 

はつなつみずうみ分光器 : after 2000現代短歌クロニクル (左右社): 2021|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

今の時代の短歌ってどんなん、って知りたいなあと、先日このPodcastを聞いた。

 

 

これは『はつなつみずうみ分光器』をもとに、短歌を音読して、短歌に詳しくない人からのコメントがあり、作者の瀬戸さんからの解説が入る、みたいな番組。最後に川野さんの歌が紹介されて驚き嬉しかったのだが、「なんかもっと詳しく話してくれないんか!?」という印象だった。他の歌人の紹介が褒め調つよめだったからかなあ。まあポッドキャストの中の数分で話し切れるような分量の解説にはならないか……。

 

この本は本屋で買いました。同時に、桜前線の方と、『あなたのための短歌集』(木下龍也)も*1*2

 

この本には2000年以降に発行された55の歌集(55人の歌人)が紹介されている。基準になっているのは歌集の発行年なので、歌人の生まれ歳はバラバラである。
せっかくなので、初読時に心に触れた歌人や歌をメモしておこう*3。あとでそれぞれの歌集を見てみたい。

 

長いので畳んでおく。

 

 

吉川 宏志(『夜光』)

最初に取り上げられている歌集。出身地を見てWikipediaを引くと、志垣澄幸さんの高校の教え子らしい。短歌って学校の中で連鎖するのが多くないですか。そういうもんなのか。か? そして永田和宏さんの弟子(志垣さんが紹介状を書いたらしい)。塔歌会主催*4

p11 卓上の本を夜更けに読みはじめ妻の挟みし栞を越えつ

こういう、普通のことを、ちょっとユーモアを交えつつ、場面を誤読されないように過不足なく書くの、憧れる。
p12に引かれている「情+景」の歌も好き。

他、p13より、

しらさぎが春の泥から脚を抜くしずかな力に別れゆきたり

白い鳥、あたたかい水を含んだやわらかな土、けれども最後にあらわれるのが「別れ」。この別れはもしかするとまた出会えるのかもしれない……とちょっと希望を持てるというか、別れだけれどももうおしまいだという悲惨な感じがないのがいいなと思う。

性愛のためともす灯と消す灯あり白蛾のはねは窓に触れつつ

これも情+景か、どっちかというと情よりの景+景なのかな。窓の外の蛾が明るい室内に入ろうとしているのか、作者の視線の片隅にそれが捉えられているのが、えもいわれずよい。はね、がひらかれているのが、触れる肉体の柔らかさに繋がるような感じがする。


江戸雪『椿夜』

この方も「塔」で活動されたとのこと。ウィキによると2020年に脱会。

p18 百合をうかべたのはわたし みずうみに張りついている空傷つける

結句が「を」を抜いて定型の7音でびしっと終わっているのがたいへんかっこいい。発想も、組み立て方も格好いいけど、やっぱり結句が好き、言葉足らずな印象から子供の無垢な残忍さを感じるようで。「傷つけた」でも「傷つけて」でもない。傷つける。意思みたい。

p21 麻酔剤よわりゆく間にきらきらと白い砂城の崩れるを見き

患者としての歌の詠みかたを私が考えることがあって、この歌は素敵だなあと思う。実際にあった作者の体験っぽいが、美しいうたになっている。


『ハッピーロンリーウォーリーソング』枡野浩一

『かんたん短歌の作り方』の作者。

p25 「じゃあまた」と笑顔で別れ五秒後に真顔に戻るための筋肉

この現象が好きで……駅の改札とかで別れるところの、私の知らない人たちが、「またねー」と言って違う方向に歩き出して、笑顔の名残が消えていくところ、あの間の様子が好き。あれってこういうふうに歌になるんだ……、筋肉かあ……。すごい切り取り方。


前田康子『キンノエノコロ』

「塔」と「京大短歌会」に所属して、吉川宏志らと活動……らしい(ご結婚されている?)。好きな系譜なのかなあ、塔。

p56 乳房がふわりと浮ける感じしてブランコに立つ 妻なり昼も

今思ったけど、これ「母」じゃないのか。なんとなく、初読の際に、母になった友人たちのことを思った歌だった。ブランコに乗るのはたぶん母だろうから、かなあ。母になった友人たちはこの頃次々と二人目を授かって、世に送り出している。それぞれに人生があるのに「この頃次々に」なんて嫌な言い方だなあ。

p57 合鍵を初めて貰いし秋の川その人の子を産みて渡り行く

こういう自分の人生の地層を歌にできるのはいいなあと思う。川を渡りながらふっと思ったことを歌の形にしました、というような歌。


光森裕樹『鈴を産むひばり』

Webサイトtankafulを創設された人。京大文学部、からのSE……なのかな。システム開発に関わったことがある、みたい。

p114 柚子風呂の四辺をさやかにいろどりて湯は溢るれど柚子はあふれず

「結句が大事」って、私も歌会でよく言われている。この歌、「いろどりて」にそのまま柚子を続けると「柚子あふれずに湯溢れゆく」とかなんとかになるのだけれど、大事なのは「柚子は浴槽から出ていかないんだな」という発見の方だと思うので、やはり作者が作ったこの歌でよいのだ。巧みだなあ、こういう視点が好きだし、言葉に過不足も誤解もない。好き。

p115 オリオンを繋げてみせる指先のくるしきまでに親友なりき

作者の、こういう感情の歌も好き。指先、が自分の指先なのか相手の指先なのか明記されていない気がするけど、相手なんだろうなあと思いながら読む。触れたいんだろうなあ。

p115 狂はない時計を嵌めてゐるひとと二度と逢ふ二度はすでに多きを

す、好きじゃん……! 「この時計は時間がずれないんだ」という相手の話を覚えているのだろうなあと思う。きゅんとする。


『パン屋のパンセ』杉﨑恒夫

1919-2009の作者。

『食卓の音楽』収録の、p117

ティ・カップに内接円をなすレモン占星術をかつて信ぜず

がなんだかとても好き。カップの円に重なる黄色い薄い円、ホロスコープみたいで、上句と下句の取り合わせがいいなあと思う。

p119 気の付かないほどの悲しみある日にはクロワッサンの空気をたべる

「クロワッサンの空気」! パイ生地みたいな生地の層の中に絶対にある、パンとしては空気がたくさん入っている方だろうに、確かに「気の付かない」ものだなあと思う。

同じp119、

雨の日のポストに会って来たことがたった一つのアリバイとなる

ハムのごとき秋の夕日はぴらぴらと電車の窓にスライスされる

どちらもやった/見たことがあることを、こうやって捉えて言葉にしたら歌になるんだなあ……と思いました。どちらも好き。ポストへの愛を感じる。


砂丘律』千種創一

「塔」入会、とある。まただ。

この方の歌集はTwitterでよく見かけてずっと気になっている。本がいつか無に帰ってほしいから、壊れやすく作ったりする人。本がやっぱり欲しいなあ。

p163 叙情とは裏切りだからあれは櫓だ櫻ではない咲かせない

並べれば字が似ている。桜を咲かせると急に抒情になってしまう体験を散文でしたので面白かった歌。


『海蛇と珊瑚』藪内亮輔

京大短歌会。

p223 傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出てゆく
きらきらと波をはこんでゐた川がひかりを落とし橋をくぐりぬ

いずれも、物事をよく見ている、そしてよく言葉にしている、丁寧で美しい歌。橋の方どうして「落とし」が出てくるのだろうか、とてもわかるし、素敵。
その後の歌は雰囲気が変わっている。

 

他。
今橋愛『O脚の膝』
同級生をすごく思い出した。

小島なお『乱反射』
母も娘も歌を詠むという親子、の娘さんとのこと。引かれている歌を読むと、私には体験のないはずの青春が、「ない過去」が胸の内に広がる、丁寧で的確な詠みぶりの歌。

山崎聡子(p130)

排卵日小雨のように訪れて手帳のすみにたましいと書く

一読して、しんどく重たい、と感じる歌、歌に出てくるのは小雨や「すみ」や「たましい」(色や重さがなさそう)っていうおよそヘビーではないものなのに。まあ「たましい」はヘビーなのかなあ。でもひらがなだしなあ。なんだろうなあこのしんどい感じ……毎月、あるはずだった魂を身体の中から外へ流れ出させて殺しているという自覚、を、いきなり自分ごととして突きつけられるからなのかなあ。というか、作者、なんでわざわざ「たましい」なんて手帳に書くのだろうか(歌の中だけのこと?だとしてもなんだろう)。子供ができるのが楽しみな気持ちなのかなあ。これは第五十三回短歌研究新人賞受賞作「死と放埒なきみの目と」のなかの一首とのこと。

染野太郎『人魚』
暴力の歌、読んでいるとつらいけれど、でも気になって見てしまう。p172「君の手が〜」二首、本当につらい。でもこれを歌にした人の方がよほどつらかったのではとも思う。

 

 

 

 

 

 

 

*1:『あなたのための短歌集』は、表紙が雄弁である通り、リクエストを受けて詠んだ短歌のまとめ本。このリクエストからこの歌できんのか……とくらくらする。快い。自分が、他人様からリクエストを受けて文章をこさえたことがあるぶん爽快。手際が鮮やかすぎてへこみもしない。これはまた時間をかけて大事に読む。

*2:本屋に行ってから、ああこの本屋には短歌の棚がないんだった……となり、出ようとしたら小さなテーブルに詩歌特集としてこれらの本が並んでいた(見た限り短歌ばかりだったので、「詩歌」はやめてくれと思ったが……)。勢いで『あなたの〜』もそこで手にしたけれど買ってよかった。特集の棚に救われた者。

*3:と言いながら、メモをとりながら読むのは二周目の読書になるので、厳密には「初」読時ではない。

*4:「塔」はアララギ系統らしい。