単品と単品

ハンバーガーとチーズバーガーを食べたいときもある

愛に振り回されるな、愛を(やさしく)振り回せ──一人でスイカを割る二次創作小説書きの虚空ダンス

これは2020年アドベントカレンダー「感情と意思」第14日目の記事です。

前回は「やりたいことをやるだけではなく、やりたくないとは思わないこともやる」話をしました。*1

pinnni.hatenablog.com

今日は若干毛色の違う話ですが*2、これも感情と意思の話だなと思うので、アドベントカレンダーとして投稿します。

サマリー

作文に感想をいただいて思ったことと、今後の作文についてです。

長いこと書いてしまい、途中、読んでいる方に不安を与えるかもしれない。これはハピエン記事です!! 先にサマリーを書いておきます。

  • ご感想やラブレターやメッセージは、常に歓迎しています!
  • あなたが気に入ってくれたのと同じようなものをまた書けるとは限りませんが、私は私の関心で作文を続けます!! もしよろしければ、気が向かれた時に見てみてください。
  • あなたからいただいた嬉しい言葉は、私の中に残り、何らかの(良い)影響をもたらしています。

はじめに

私は二次創作小説を書く者だ。二次創作小説を書くことを「作文する」と言うこともある。以下に何度か「作文」と出てくるが、執筆のことだと思っていただければ*3

二次創作小説歴と最近の作文量増加について

私は2年ほど前から二次創作小説を書くようになった*4。去年までに二次創作小説本を2冊出している。

ステイホームが言われるようになった今年の春から、もともといたジャンル(本を作ったジャンル)で作文することが増えた。本を作ったのとはまた別の新しいジャンルにもはまり、ぼちぼちと書いた。いずれのジャンルでも、書いたものはpixivに投稿した。

作文活動領域における人付き合いについて

私は自分が作文する領域(ジャンルに限らず、ジャンル内のキャラクターの特定の組み合わせ、推しコンビ)での人付き合いが、それほど多くはない。

特にもともといたジャンルにおいては、ツイッターに同ジャンルの相互フォロワーさんはいらっしゃるが、推しコンビが被っている相互さんはほぼいないのではないだろうか(と思う、私が認識していないだけだったらすみません……)。相互フォローに限らず、推しコンビについて話されたり作品を作られたりしている方については、片道フォローもほとんどしていない。

繋がりを増やそうとは思わないのか、という感じもする*5。稀に、pixivで作品を好きになり、Twitterを拝見し、これはツイートから浴びさせていただきたい……と思った場合にはフォローいたすこともある*6けれど、その数は少ない*7。交流が主眼ではないから、だいたい無言フォローだし*8、フォローバックも期待しない。特定ジャンルで相互フォロワーを募集するタグも使った覚えがない(「○○好きと繋がりたい」のようなタグ。しばしば自ツイートや自作品の傾向を添えて投稿される)*9*10

一人でスイカを割る

私が推しに狂っている様を、同好の士に見られていない(と思われる)ことは、私の気を楽にし、好き勝手に踊り狂う支えとなっていた*11*12

それで、一人でスイカを割る人のように、本当にあるのかどうかわからないスイカに向かって棒を振り回して虚空を舞っていたの。

ご感想をいただくことについて

しかし一人で棒を振り回している中でも、親切な方が、ご感想をくださることがある。

※変な書き方をしたが、私はいただくご感想、ラブレター、メッセージを常に募集・歓迎しています!!

ご感想をいただくルート

匿名でご感想をいただくための、マシュマロを設置している。pixivのキャプションに必ず付けている。ツイッターで「マシュマロください!!!!!!」と主張することもある(くださる方本当にありがとうございます)。

本には、「読んだ」と知らせるためのGoogle Formへのリンクを貼ったり、QRコードを付けた名刺を添えている*13

ご感想の感想

このところ、作品に直接ご感想をいただく機会が何度か重なった。
そんなありがたいことがあるか!? と思うのだけど、あった。

※言うまでもないが、私宛にいただくご感想・ラブレター・メッセージは全てありがたく拝読しております。それを軽視しているとか、物足りなく思っているわけではけしてない、ことを申し添えます。いつも本当にありがとうございます。

どなたも丁寧な言葉で、溢れる感情を包んで、差し出してくださった。『あなたの作品のこういうところが好き、応援しています』と。

なんてありがたい……。そして同時に、
怖くなった。

何が怖かったのか:

  • 私は一人ではなかった。一人で踊っているというのは幻想だった。(そりゃ、pixivに作品を公開して、閲覧数が0でないならば、一人ではないのだ。けれど、あの数字を、一つずつが一人の人間だと思うことは容易ではない*14。)
  • 愛されていることがわかると、愛されなくなることが怖くなる。
  • 次に何を書いたら幻滅されないのか・愛され続けるのか、と気になるようになるが、愛されるための作文をやったことがないので、途方に暮れる。次にこれまでとはちょっと違う感じのやつを書こうと思っていたりすると、さらに狼狽する。

これから何を志して書いていけばいいのだろう。誰かに愛されるために? 私が愛するものをこの手で固定するために?

二次創作界の先輩友人に相談する回

しかし、私は、ずっと悩んでいるのも避けたかった。いただく言葉がありがたく嬉しいことには違いない。だって、感想をいただくことは当然ではないのだ。そんなありがたいことを受けて、逆に悩んで立ち止まるのは、ちょっと意味不明だぞ、と考えた。

似たテーマについて書いた記事:

note.com

でも、感想を書くことの難しさは、人によって違う。感想を「書かない」のではなく「書くのが難しい」人もいるということを、忘れてはいけない。

 

そこで、二次創作界の先輩である友人に「感想をいただくと、書くのが怖くならない?」と相談した。

すると先輩友人は、このようにのたまった。

『プロでもないのに一個でも気に入ってもらえたら僥倖。あと、自分が誰かに感想書くときにそこまで考えていない。感想を書いてる時にはIQ2だから(意訳)』*15

うわ~~!!! それもそっか〜!!

ありがとう、先輩友人!!!*16

愛に振り回されるな、愛を(やさしく)振り回せ

気に入っていただくということ

確かに、私の一人スイカ割り作文を、一つでも気に入っていただけたならso happyである*17

まず目に止めてくださるのがすごいことだし……文字の情報処理は画像の60,000倍かかるってネット記事で見たし(ソースを確認していないので眉唾だが、「この作文を読む間に6万枚のイラストを楽しめたかもしれないのに……ありがとうございます……」と明らかに間違った解釈によって感謝を深めるために使っている)、それでも読み切って何らかの感情を抱いていただけるのはありがたすぎる。

そして、読んでくださるだけでなく、言葉を届けてくれるのはまったく普通のことではない。

ご感想をお送りする時の話

私が人にご感想をお送りする際、「今後も応援しています」旨記載するのは、決して「今後も私好みの作品を作り続けてください」という意味ではない。

「おいしいご飯を食べ、あたたかく眠り、健やかにお過ごしください。もしもあなた様がそうされたいと望むなら、また新しい作品をお作りください。でもけしてご無理なさらず、まずは本業を大切にされ、お元気で長生きしてください」くらいの意味である。

しかしそんなことを書くのは重たすぎるし、感想パートよりもお祈りパートの方が長くなる可能性まであり、やむを得ず省略しているのである。*18

そしてもしも、私の好みにどストライクというわけではない作品が投稿されたとしても、作者を嫌いになることはない*19

私の作文を何か気に入ってくださった方だって、そうしてもらえればいいのだ*20

見えないスイカを狙い続けて

「あなたの作品のこういうところが好きです」と言われることは本当に嬉しい。読んで、気に入ってくださって、言葉にして、返してくださることが心からありがたい。

そんな時、「わあ嬉しい!!! ああ……でも……でもこういうのも書きます」って怯えるんじゃなくて、「わあありがとうございます!! なお、こういうのも書くんですよ〜!!!(笑顔1000%)」って、堂々とハッピーにやっていられればいいなと思う。

それをもしまた受け取ってもらえればすごいことだし、「これは好みとは違うな」って感じられたって、「でも見てくださったんですね!? ありがとうございます!! あなたさえよければまたお立ち寄りください!!」でいいんだよね。

いただいたありがたい言葉には「ありがとうございます!!」とは返しても、「あなた様に気に入ってもらえるものを作り続けます!」とはならない。私にそれはできないし、するべきではない*21

私は私の疑問に基づいて考える。見えないスイカを割ろうと、長い棒を掴んで虚空を舞う。何かを掴めれば作文をして、一人満足するのだ。

そのような思考を経たツイート

そしてこういうツイートになった。

結語:あなたの言葉が私を作る

話が二次創作から逸れるが、この間、愉快で聡明な友人たちとのウェブ通話で、いい話を聞いた。

『この会で褒められたことを、別のコミュニティでも意識して過ごしていたら、そこでも褒められた』という話だ。

もともとその友人に備わっていたうつくしい点が、人が言葉にして伝えたことで、さらに磨かれたんだと思う。

私の作文にいただいた言葉も、私は嬉しく覚えているし、なんなら時折読み返している*22。そうして私の中で、きっと、褒めてもらった面は強化されている。意識しても、無意識にでも。

それは嬉しいことだ。私の手を離れた作品が、あなたを通じ、あなたの言葉を通じて、私に返ってくる。作品を生かしてくれるのはいつだって、読んでくださるあなたである。

あなたの言葉を負って生き、今後も作文していきます。虚空で架空のスイカを割る私を、あなたさえよければ、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。もしスイカが美味しかったら、そっと教えてやってください。

 

よし! これで金曜に書かなかった分を巻いたわね!

来週でアドベントカレンダーは終わりですが、引き続き楽しくやってまいります。どうぞよしなに。

 

ラブレターやファンレター随時お待ちしております! いつもありがとうございます!

*1:「やりたくないことをやる」は、まだ難しい。

*2:具体的には、noteに入れてもよさそうな話ですが……

*3:「作文」という言い回しの詳細は、こちらの記事注7に記載しています。正気を失う 同人小説書きに正気は必要か?編 - 単品と単品

*4:正確には、15年ほど前にも二次創作をやっていて、その頃は個人サイトを持っていた。その後しばらく空白の期間があった。

*5:ここは微妙な話題だ……。私は基本的に一人でスイカを割っているだけで楽しいので、ますます多くの人と交流したいとか、気の合う人を見つけておしゃべりしたいとは思っていない。もちろん、好きな人と好きな話をするのは好きだ。私がTwitter上で誰かと会話する時に、もちろん、嫌々やっているわけではないことを申し添える(そうなるくらいならリムブロなどの手段によりお別れする)。

*6:さらに微妙な話題として、作品が好きだからと言ってツイートを好きになるとは限らない(ここで、「ツイートが好き」と「その人本人が好き」は同じでないことに注意する。ツイートはあくまでもツイートであり、人となりを知る手がかりにはなるかもしれないが、その人の全てを表しているわけではない。本当にその人を知りたければ、直接会う以外にない、というのが、Twitterでご縁があり何人かの方々と直接顔見知りにならせていただいた上での感想である。もちろん、Twitter上のお付き合いは、それはそれでありがたいし、尊いことだと思っている(全員と会えるわけではないし))。Twitterをフォローしないことや、Twitter上でその人と会話しないことと、作品を好きであることの間には何の関係もない。

*7:近年の気力の衰退により、素敵なものをやたらに目に入れてパワーを削ると、生活に支障をきたすので……。

*8:無言フォロー歓迎、とbio欄などに書いてあることを確認することが多い。

*9:すぐに記憶を失うので「皆無」と言えるかは微妙。少なくともここ5年ではやっていないと思う。なお、私が「繋がりたい」系のタグを使わないのは、ツイートのジャンルが入り乱れているため、特定ジャンルのタグを使いづらいからというのと、仮にそれを押してタグを使い、関心を持ってくださった方に反応をいただいたところで、私には人付き合いを増やすキャパがほぼないからである。もちろん、自らフォローした方においてはその限りではない。

*10:この段落の脚注密度の高さよ……。

*11:なお、新しい方のジャンルでは、同好の方とも繋がりがある。こんな虚空僻地を……ありがとうございます……。

*12:これは「同担拒否」という意味ではないつもりです。「つもり」というのは、先述のとおり、「同担」との付き合いがそもそもほぼない領域もあり、「同担」の方と接触した際に自分がどんな態度を取るかわからないためです。

*13:私が本を作る時に「本当に、どなたか、生きた人様が、お手に取ってお読みくださった……!!」とわかることが本当に嬉しいので、そのような仕様にしている。感想が欲しければ、いかに簡易に感想を伝えていただくかに知恵を絞るだろうが(そしてたぶんチェックボックスで「好き」「わかる」など、何か私が貰って嬉しい選択肢を、十分に厳選して並べることになるだろうが……)、私は「『読んだ』と教えてほしい」が第一優先なので、そのようなつくりのフォームになっている。ただ、いただけるお言葉はいただきたい(いただけるお言葉はいただきたい!!!)ので、コメント欄を自由記載にしている。本にはマシュマロを添えていない。いきなり現れる自由記載欄に「おりゃあ」と感想を書き込めるのは、熟練の者のみである(と思う)。

*14:こちらの記事も参照:サブカルはどこへ消えたか|小野ほりでい|note

*15:意訳であるが、当該の先輩友人には、ブログ記載の旨了承いただいている。感謝。

*16:先輩友人の二次創作小説は本当にすごい(シンプルにワクワクする展開に、繊細な情感のヒダがこれでもかと付いている。味がする(「味がする」は私の中で、文章に対するすごい褒め言葉です)。そんな友人でも、人に感想を送る時にはIQ2なのか……それは安心だ……と思いました。

*17:ここで、「いや、やはり一つと言わずもっと……」と思う時は、たぶん作品ではなくて私自身を愛してほしいという欲なんだろうなと思う。

*18:話が逸れるけど、私がどなたかに感想をお送りする時の話をアドベントカレンダーに書きたいと思っていたが、書けないかもしれない。アドベントカレンダー完走まであと4日しかない! だからここに「感想パート」のことを少し書いておこうと思う。好きな作品を読み切った時、感想を送れるかどうかは、作品の良さだけで決まらない。すごく最高で、ああこれは心の殿堂入りした……暗記したい……と思う作品であっても、感想を送れるとは限らない。今書いていてもすごくもどかしいけれど、そうだと思う。私の体力、気力、そして時間的な制限により、ご感想の言葉を書くのが困難な場合があるのだ。特に、作品が最高すぎる場合、その良さを文章にまとめて伝えるのはより困難になり、結果、感想の作成・送付が無期限に先送りされやすい。本当に申し訳ない。一人でスイカ割り作文をしている時にはどなたのことも考えないが、感想には明らかに読み手がいらっしゃるため、使う頭が違うように思う。(横道であるが、いただいたご感想を拝読するにつけ、「この方、御自らも何か作品を書かれているな……」というのはなんとなく察される場合があり、これは面白いことだと思う)。最高の作品を拝読させてくださった方には、きちんと御礼を申し上げたいし、先のお幸せをお祈り申し上げたいが、自らの不明を恥じる。

*19:書いていて思うが、そりゃそうだ……。

*20:もっと言えば、おそらく多くの人は、pixivで好きな作品を見つけたからといって、即座に作者のpixivアカウントをフォローしたり、作者の書いている作品を全部見たりするわけではない(私は後者はやりがちだが……)。仮にそれをしたからと言って、投稿されるもの全てが自分の好みであることを、普通は期待しないだろう。誰も私の蛇口ではない。

*21:どなたか特定個人のためにプレゼントにするならばともかく。私がそれをやるならば、その作文はインターネットには放出しないし、その方にだけ読んでいただくものになると思う。

*22:私のスマホには「うれしみ」という名前の画像フォルダがあり、いただいた嬉しいお言葉はスクショされここにしまわれている。