これは2019年アドベントカレンダー「愛の観察ツアー(徒歩)」第17日目の記事です。
昨日は自分を愛することについて書きました。
自分への愛と、旅
その中で、「自分を行きたい場所に連れて行く」と書きました。
これは野梨原花南さんの著作「ちょー」シリーズの中で繰り返し出てくる、「いろんな場所に行ってきて。いろんなものを見ておいで」に強い影響を受けています。
自分はどこに行ってもよい、行くんだ、という呪文。どこに行っても自分は自分なんだけど、それでよくて、違う場所やそこにいる自分を愛でよう、みたいな気持ち。景色に圧倒されても、長い歴史に気が遠くなっても、自分は変わらずにいる。
私の出る旅
私は、旅に出たくなる人です。*1
ここではない場所、知らない場所に行きたい。生活を離れて、ただ過ごすだけの時間が欲しい。ごくごくと水を飲むように、知らないものを浴びて、新しい土地にいたい時がある。
それは、疲れたとか、ちょっと集中していた日々を抜けたとか、そういうタイミングで。
一人旅
そういう旅は、一人で行く。誰かと行く旅も楽しいけど、一人でする旅も好き。
一人で、気ままに過ごす
自分の行きたいところにだけ行く。10分しか寄れなくても予定に捻じ込んだり、逆に1時間空いてぼーっと過ごしたりもする。行きたいとリストアップしていた場所をなんとなく飛ばすこともある。食べ歩きでお腹が膨れてしまったり、時間がなく駅の売店でバームクーヘンを買ってホームで齧って朝ごはんにしたりもする。居酒屋さんで土地の食事と地酒をいただくこともあるし、宿のごはんをゆっくり楽しむこともある*2。
レンタカーを使う
近頃は旅先で車を借りることを覚えた。
どこでも行ける!
冷暖房完備!
荷物を詰める!
コンビニでトイレに寄れる!(?)
海岸を気ままにドライブできる!
音楽を聴いて歌える!
車はすごい。
お土産を買う
土地のお菓子を、箱じゃなくて単品で、何種類も買うのが好き。宿でいただける(食べ物をすぐ食べる)。
家に帰った後、「今日は何を食べようかな」って、楽しい思い出と一緒に、お菓子を選ぶのも好き。幸せな時間。
一人旅で得る元気
今年、初めて日光に行った。東照宮に向けて、神橋から山を登り始めたあたり、清い川*3がすぐそこを流れていて、緑が思い切り茂り、空気が澄んでいるところ。そこを登りながら、気がついたことがあった。
- 今、この場所から私は、すごく元気をもらっていること。
- その元気は、ずっと続くものではないこと。
出先で、思いがけずよい景色を見たりすると、元気が出るような感じがしませんか?
それが、日光でも起こったんだろうと、思うのです。でも、そのエネルギーがあまりにも生き生きとしていて、というか「生きて」いた。そのエネルギーは、生きていて、だから私に入って私を元気にした後は、だんだん弱って消えていくんだな、たぶん2〜3日とかで……と強烈に感じたのでした。
エネルギーは弱ってしまうから、人は写真を撮ったり、言葉にしたりして、「思い出」に加工して、いつでも見返せるようにしたいのかもしれない。そうすれば、ここでもらった元気を思い出して、またがんばれる……そんな感じがしたのでした。
その後はむしろ、旅先では、数日で消えてしまいそうな生のエネルギーをちゃんと探して、受け止められるといいなと思って過ごす時間ができました。
誰かと行く旅、一人の旅
歳を取って、というか旅の経験を重ねて、「こういう旅は一人がよい」「こういう場合は誰かと行くのがよい」とわかってきた気がします。
一人なら、御朱印帳を携えて、ぼーっとしたり急いだり、好きなペースでやる。急なトラブルに一人で対応する時の、研ぎ澄まされる感じと一緒に。悪くない感じで。
誰かと一緒なら、その人といることを楽しんで、その人も楽しいように、無理がないように考えながら。
どっちもできるのが、いいことだなあと思います。