これは2019年アドベントカレンダー「愛の観察ツアー(徒歩)」第14日目の記事です。
昨日は感情の話をしました。
感情の話・再
感情、とざっくり呼んでいるものの中には、長時間続く「気分」と、比較的短期間持続する「情動」*1がある。
さらに、情動の中には、すべての人間に共通する基本的な感情*2と、その後育つ中で取得されていくより社会的な感情がある。とりわけ社会的感情の分け方には諸説ある*3。
愛の話・再
中でも愛という感情(感情?)は、人間に生まれつき備わる基本的な感情とされているわけではなく、生まれたあとに取得されていくものみたい。
それは、愛という言葉で示される感情が、集団によって異なるからだと理解しています。正確な理解ではないかもしれないが。
愛の効果
ざっくり、愛が、信頼の気持ちや献身の行動に繋がるとして(私は個人的な体験や見聞からそう捉えている)、それは二人の人間やそれ以上の集団を強固にする効果をもつだろう。愛をもつ人間ひとりは良い気分であれるかもしれず、それはそれでよい効果ではないだろうか(愛する相手が心配で不安になることもあるかもしれないけど)。
愛と時間経過
愛が頭の中にあるものであれば、その強さは移り変わっていくと思う。頭の中で起こる信号が毎日同じということはない。
そして、私も相手も変わってゆく。状況も変わる。
だから、昨日の愛と今日の愛は違う。年月を経て、質が変わることも、なくなることもある。
私はそういうものだと思っているし、それを悲しいことや悪いことだとも思わない。
今ここにいる私だから、今ここにいるあなたを愛した。
今ここに至るまで、生きる中で、変わり続けてきた。これからも変わり続ける。愛する相手もまた、生きた人間であれば、変わり続ける。
間に生まれる愛だけが変わらないなんてことはない。*4
愛し続け「なければならない」ものなんて何もないとは思うけれど*5、私は溢れる感情に振り回されすぎだと最近気がついてきて、世界が違って見えます。
生きていることは、変わってゆくことは面白い。そのことに何度も気付くから、変わってないなあと笑っちゃいそうだけど、螺旋階段を登るように、似ているけど違う場所に立っているはず。