単品と単品

ハンバーガーとチーズバーガーを食べたいときもある

読んだマンガ記録(ちはやふる(47)、フラジャイル(20)(21)、応天の門(15))

 hontoのカートに入れっぱなしだったのをまとめて買った。
もともとそういう気はあったけれど、近頃とみに、「追いかけているマンガの新刊が出たからといって即日買うことができない」になってきた。反射力の低下。

ちはやふる(47):新の「ぶっ潰す」がめっちゃよかったです。君の道を行ってくれ。ストレッチする千早としのぶちゃんも好き。

フラジャイル(20):怖かった……あの新しい人がずっと怖かった。砂糖の袋見てゾッとした。インシデントだ……しかも同僚との人間関係に深めのしこりを残すタイプのやつだ……最後の円さんの「陳謝」コマに救われた。円さん大好き。

(21):最後のわいわい意見交換を見て、もう胸がいっぱいになってしまった。そこで思い出したんですが、あたしゃあ様々なプロフェッショナル同士のタッグマッチがソッツロンのテーマでしたわね。好きなのかもしれないですわね。そりゃあジャンル越境フォロワーズで遊びたいわけだわ。納得した。
フラジャイルは本当にマンガがうまく、コマ割りもそうだし、見せるとこを過不足なくどどんと見せてくれるし、絵がうまいし、ちょっとした表現も面白くて好きだし、ただただ続きが読めて嬉しい。おまけ4コマの充実もポイントが高い。
少し話したことがある人が血内にいた人で、こんななんか……とそわそわした。小児実習も外科だったからなあ。

応天の門(15):桜と梅の話ここにも出てるのね。近頃誰が誰だかわからなくなってきたが、のぶきこ様がかわいいし、道真の『人がどのように謗ろうと書は残ります』がいいなあと思いました。

北窓開き君と伸びする 今年の「提供」まとめ

これは2021年アドベントカレンダー「提供」第21日目の記事です。

前回は人に合わせて振る舞いを調整することで、互いにハッピー、という話をしました。

今日が最終日です。メリークリスマス! でした! 最後までお付き合いありがとうございます。

アドベントカレンダーは4年目になりました。毎年TLで騒いでいるため、スタートすると「もうそんな時期か」と思ってもらえたり、「私もやってみたい」と思ってもらえたりするのが、嬉しいです*1。読んでくださってありがとうございます。あなたがくださるリンククリック数やいいねやマシュマロがどれだけ私を喜ばせていることか*2*3。とっても嬉しいことです。ありがとうございます。

さて、最終日です! 今年のアドベントカレンダー記事を振り返りましょう。テーマ「提供」でした*4

アドベントかれんく巻き納め

その前に、タイトルの一人連句のまとめ。今日のタイトル句は冬を越えた春です。季語は「北窓開く」*5。これは本丸かもしれないし、新居かもしれない。できるだけ明るい未来を自ら歩いて行けますように、一人ではなく誰かの隣で。
六句巻いた。六句一花一月、構成表は季節を続けられず無茶苦茶ですが*6、月と花を優先した。気をつけたこと:語尾が同じ調子にならないように、景色が被らないように、そしてアドベントカレンダーの本文と何かしらリンクするように*7

発句  冬   クチナシの焦げた葉にやる冬の水
脇   雑    ピザの耳からチーズとけだす
三  秋の月  月影よ差せよ血潮の浅きまで
四   雑    港灯籠見に遠回り
五  春の花  花はらり神も宴に笑ふにや
挙句  春    北窓開き君と伸びする

アドベントカレンダーを読み返して

ざっと読み返してきた雑感。今年は特に、自分で書いた他媒体記事へのリンクが多かった。Twitter、noteその1、noteその2、自サイト……あちこちに書いてきたんだな。アドベントカレンダーというものは、一年のうちに各所に積み上がった「私」を回収して一箇所に集めて、見落とされてきた新しい一つの像を結ぼうとする試みなのかもしれない。メゾン大集合。メゾン大演練。私たちは6人で1人*8(というか、1人である)。

前回アドベントカレンダーのまとめでは、トピックごとに記事をまとめたけれど、今回は変えてみる。生活・労働・創作と多岐に渡るトピックを、トピック横断で、「提供」の過程に沿って並べてみる。

1.提供するものの下準備

人生をやる

人生の妙さを買われた話 いびつだから、尖って、刺さる 

人生と女性性

月経不順は労働にやさしいか PCOSもちと労働力の話

女性性の難と挙児希望*9 月影よ差せよ血潮の浅きまで 女性性の提供

2.提供物を作る

書くことの研鑽

(個人的に)書くことが(労働で)書くことに活きる話 労働と提供

作文屋として強くなりてえ ピザの耳からチーズとけだす(作文の研鑽の話)

書くこと

どこに行っても何者になっても、 書けなくなることだけが怖かった

挙児希望に関して詠む歌のこと 心をなぐさむるは歌なり ①妊活短歌というジャンル

つらさを言葉にするのをやめない(妊活短歌と二次創作小説) 心をなぐさむるは歌なり ②つらさから歌を錬成する

書いたもの・作成したもの

note記事まとめ*10*11*12 note記事から見る「提供」

月経関連のつらさに対処するツールの作成 黄体ホルモン補充薬の副作用がつらかったので、月経随伴症状調査フォームを作った話

3.提供のしかた

城を作りました 自サイト築城と、創作の伝播の話

接客されての気づき 港灯籠見に遠回り 良かった接客の話

人に合わせて提供の演出を変える 花はらり神も宴に笑ふにや 提供と演出の話

4.提供物を受け取ってくれる人のこと

知らない人の中に、私の文章が残ること いろいろな人に向けて書くこと

ありがとう読んで/書いてくれて*13 こうかんのこうかん 差し入れの話

作品と作者の愛し方について こうかんのこうかん 作品と作者

私の歌を読める人の話 心をなぐさむるは歌なり ③歌の宛先

5.アラカルト

かわいい日記帳を見てくれ 日記を見直す──私のかわいい日記帳の話

同じ生命と何年も暮らす クチナシの焦げた葉にやる冬の水

2021年の「提供」総括

今年はたくさん提供してきました。提供できるものを増やし、磨いて。提供のルートを検討して。提供の仕方も、場所や相手に合わせて、考えて。特に自分自身が欲しくて作るものは、何よりもまず、自分が満足するようにこだわって*14

「提供」のわけ

今年「提供」をやろうと思ったのは、昨年が、心身ともにかなり健康だったからだろうと思う。そろそろ私も渡す側に回れるな、回らなければならないな、少し力を自分の外に振り分ける番だな、と思った。これは理屈ではなくて……なんでしょうね*15。それまでの数年間、自分の内側を観察して、理解を深めてきた。自分の好きなこと、できること、得意なことについて思いを巡らした末、もう外に出ないといけない、出られるはず、と思った。自信がついたということかもしれない。挑戦しなければ、というわくわくどきどきした気持ちでもあった。確かに「提供」には「犠牲」のニュアンスがある場合もあるのだけれど(ない場合もある)、その犠牲を払うときだとも思った。まあ、挙児希望については、多少身を削らなければならないのは明らかであったし。二次創作作文においても、「読んでくれる人がいる」とわかってきたから、その人たちのことを(顔を知らなくても)考えて何かしたいと、ごく自然にそう思った(私はごく自然だと思った)。

こうして外に出てこられるようになったのは、これまで私に関わってくださった人たちのおかげである。私の書いたものを喜んで、声をかけてくださった人たち、あなたたちのおかげ。他に書いたものがまたあなたの役に立ったり、喜んでいただけたりしたら無上の喜びだし、そうでなくたって、一度の邂逅をただ嬉しく、ありがたく思う。本来繋がるはずのない人と、書いたものを通じてご縁ができたのならば、それは幸せなことだと思うから。

来年の目標

アドベントカレンダーを書きながら来年の目標を考えるのが常なのですが、来年の目標、思い浮かばん。2月以降の暮らしのイメージが全然ついていない。「生存」*16、あるいは「1割減量」*17とかしか思いつかない。うわーん。

提供は続けたい。けれど、まずは自分の暮らしを整えつつ、心身の健康を守るのが第一である。かといって、自分のことだけをまた掲げるのも、今となってはみみっちく思えて嫌なんだよなあ……。なんとか、「生存」と「提供」を両立する言葉を見つけられたらいいのだが。今年があと5日間しかないが、まあ、未来の私が何とかするだろう。

御礼

今年のアドベントカレンダーはこれでおしまいです! 約1ヶ月間、お付き合いをいただいて、ありがとうございました。ご一緒してくださったことが、とっても励みになりました。多くの示唆もいただくことができ、私の考えも深めることができました。ひとりアドベントカレンダーはいつの間にか「ひとり」ではなくなっていたのだな。ありがとうございます。

読んだよとか、気に入った記事とか、お気軽にお寄せくださいませ。Thanks in advance! いただいているマシュマロのお返事はもう少しお待ち下さい……食べてます……

それでは良いお年を!

marshmallow-qa.com

*1:私のアドベントカレンダーとりいさんの2017年アドベントカレンダー「虚無とたたかう」がとても良いなと思い、2018年アドベントカレンダー「人間をケアする」を始めたのがきっかけでした。これもまた創作の伝播

*2:私はよく「数字では喜べない」みたいなことを言っていました。しかし、ここ最近は、数字にも喜ぶようになってきました。数字の奥に生きた人間がいることがわかってきたんだと思います。イベントで私に声をかけてくださる、面識のない方々のおかげです。あなたの振る舞いのおかげで私は進化した。

*3:「数字では喜べない」発言の例:『他者にいくら広まっても、その数字を見るだけでは、喜びの気持ちがわきません。数字では実感が湧かないというか、数字には喜びを見出せないようです。ありがたいことだなとは思いますが。』(私にとってのケアと喜び その2 - 単品と単品, 2018年)、『あの数字を、一つずつが一人の人間だと思うことは容易ではない』(愛に振り回されるな、愛を(やさしく)振り回せ──一人でスイカを割る二次創作小説書きの虚空ダンス - 単品と単品, 2020年)

*4:今年は連日、1日目の記事にリンクを貼っていったので、追うのが楽だ。えらい。

*5:秘密連句で使っている人がいて、かっこいい……! と思っていた季語。

*6:本来、秋と春は3句、冬(と夏)は2句続ける。

*7:アクロバティックな姿勢になりながら巻いてるな、と思った。「アドベントカレンダーのタイトルを連句にしようとする女」って彫刻になれそうだった。類:ゆあれ💐 on Twitter: "風呂場の換気扇のフィルター掃除にあたり、たいへんにアクロバティックな姿勢を強いられ、何事も筋肉……となった 「風呂場の換気扇のフィルターを掃除する女」って彫刻の連作になれそう"

*8:6winkだ(ワキザシックスみたいなこと言う(脇差ックス (わきざしっくす)とは【ピクシブ百科事典】))

*9:ゆあれ『これは冬嶋女史ブチギレNo1記事オブ2021アドベントカレンダー』。

*10:私のnote記事は、役に立つものか、楽しく暴れている様子の記録が多い。noteの書き手格u_u_c(通称ゆゆし)は桜間大家に「メゾンのクリスタルガイザー」と称されているが、おそらく、u_u_cはクリスタルガイザーにならざるを得ないのだ、と、この間読んだ下記の記事で思った。

で、自分が思う、はてな村の人たちが見ていた『集団幻覚』というのは、『文章を書くことによって、アイデンティティの確立ができて、そして、そのアイデンティティはその書き出した文章に宿る』というものだったのだと思う。自分は、今も、その幻覚を見ているし、人が書いた文章はその人自身だと思っているのだけれども、どうも世の中そうではないみたいだし、うまくはてな村を『上がった』人間は、文章をただの自分を表現するための道具だと思ってるように見える。noteで文章を書いて稼ぐ、という行為は、それがうまくいけばいくほど、自分語りから遠くなっていくだろう。

ここにはてな村を建てよう。 - orangestarの雑記 (筆者は『となりの801ちゃん』の人)

そこから私が考えたこと:noteは回遊性が高く、スキやシェアを推奨するインターフェイスである。課金要素もある。note運営は『誰もが安心して創作を楽しんで続けられるメディアプラットフォーム』と言うが、おそらく、「『創作を続けるモチベーション』は、誰かに見てもらう、好きになってもらうという外的要因から供給される」という設計思想なのだ。noteで書く限り、人気になりたいと思うのは当然なのだろう。そのためには、誰にも見向きもされない無名の「私」語りをするよりも、大衆にウケるものを書く方がよっぽどよいのだ。その結果、記事からは「私」性が失われ、透明になる。かくしてメゾンのクリスタルガイザーは今日もクリアな微笑みを浮かべている。

*11:それでも私たちはゆゆちゃんのことが好きだし、彼女もまた、私たちの大切な一部であるのだ(書き手格擬人化発言)。彼女の(というか、まさにnoteの)おかげで、「文章を通じて知らない人の役に立つ」という私たちの願いが果たされている部分は大きいのだから。

*12:しかし、pixivしかり、Twitterしかり、noteしかり、数値化された好意、愛、人気、といったものにある種の疲れを蓄積させた私たちは、10年近く眠っていた書き手格桜間傘を復活させて擁し、私たちだけのメゾンを建立するに至った。読み手のことを考えながらも考えなくてよいのは非常に楽である。つまり、基本、「知っている人しか来ない」(であろう:メゾンに入れるのは基本Twitterで繋がっている人のみのため。でありつつ、相互フォローの割合からして、「一方的に知られている」というのもそれなりにあるであろう、多分)場所というのが気楽でよいのだろう。私は知らない人の役に立てたら嬉しいが(それが、小説を喜んでもらうことであっても、お役立ち記事を活用してもらうことであっても)、多くの知らない人たちに愛されたいと思っているわけじゃない。もともと、狭く深い愛の方が心地よい(というか、それ以外はほぼ見向きもしない)たちなのだ。そう思うと、やはり昨今の、何もかも数値として可視化してくるインターネットの潮流は向いていないのだろう。私は、愛されるならば、私をべったり愛してほしいのだが(そして私もがっつり返したい)、それを……それを……数字で私を測るんじゃねえ! 私を見ろ私を!(暴動) いけない、ゆあれみたいになっちゃった。たとえば、イベントに出れば頒布数は数として残るものの、生きた人間との交流があり、それがもたらす幸福感は何物にも代えがたい。結局、やはり、最終的には、会う他ない。断固。いや、「私という人間を愛せよ」みたいな話を長く書いてしまったが、もちろんそんなふうに関わらなくたっていいのだ、私の文章を文章として役立ててくださればそれで十分満足なのだ。これも本当なの。信じてほしい。必死。だめだな、友達とあまり会わない暮らしをしていると、心のどこかが水漏れのように乾き続けて、こうしてインターネットに欲求を叩きつけることになってしまう……。

*13:タイトルは「好感の交換」、そして「交歓」、をうまく引っ掛けたかったが、こうなった。

*14:本とかね。

*15:私は理屈より感情で動きがちである。ごまかしているわけではないし、ごまかしたいわけでもない。言語化を怠っている・言語化能力が追いつかないというのでも(たぶん)ない。この、提供への意欲は言葉の外にある。それを言葉にするのが作文屋のつとめなのではないかという向きもあるかもしれないが、私はそうは思わない。強いて言うなら、これは今の私の限界である。

*16:新生活に怯え過ぎであろうと我ながら思うよ! しかし、引越し先、行ったことがない都道府県なのだ(珍しい)。私は元来怖がりというか、慎重派であるので、怯えるのも仕方がない。と主張しておく。

*17:切実に達成したいし、無理な目標でもない。しかし、これを掲げることに全然ときめかないのが難点である。

花はらり神も宴に笑ふにや 提供と演出の話

これは2021年アドベントカレンダー「提供」20日目の記事です。

昨日は今年してもらって良かった接客の話をしました。観察眼と感情表出ね。

今日はもうクリスマスイブではないですか! メリークリスマス! ってイブに言うの? 当日に言うの? よくわかっておりませんが、通常のアドベントカレンダーは24日で締めなんですよね。私は例年25日に終わるのでもう一日ある*1。が、明日は更新できないかもしれません。その場合明後日以降に書きます。今日は、労働の観点から、提供するときの振る舞いの話。

タイトル句はジャンル:とうらぶ。

発句  冬  クチナシの焦げた葉にやる冬の水
脇   雑   ピザの耳からチーズとけだす
三  秋の月 月影よ差せよ血潮の浅きまで
四   雑   港灯籠見に遠回り
五  春の花 花はらり神も宴に笑ふにや

人により心地よい状態が違う、という話

いらないと言われたことをできない

これは労働の話。今年、社外のコミュニケーション研修を受けました。人を振る舞いから4タイプに分け、そのコミュニケーション上の特徴と対応を学び、ビジネスをスムーズに運びましょう、という話でした(関心ある方は、「ソーシャルスタイル理論」でお調べを*2)。

研修の中で、自分のタイプの判定シートが配られます。印象的な一文がありました。『事実よりも人間関係を重視する』。最初は意味がわからなかったんですけど、研修を受ける中で、「あー! 確かに!」と思ったのでした。

2018年のアドベントカレンダーにまさにその話が出ていました。こう書いています。

私は人が発する言葉を、額面通りに受け取りがちです。これは社会的にも困ることがある癖だと(自分でも)思いますが、(中略)私は相手が「大丈夫」と言ったことにそれ以上踏み込むのが苦手でした。あるいは、「やりたくない」と言うことをやってもらうように伝えることができませんでした。

私にとってのケアと喜び その2 - 単品と単品

そう、私、客観的な情報より、相手の気持ちとかの主観的な情報を重視することが多い。「相手がこう言うので従う」とか、「相手が気分を害しそうだから、やめておこう」とか。どう見ても困ってそうな人にも、「大丈夫です」と言われたら、何もしない(ことがある)。それはまさに「事実よりも人間関係を重視している」ではないか。

気になること、ならないこと

だけれども、研修に行ったことで、私が「こんなことをしたら余計だと思われるのではないか」と気を揉むことについて、別になんとも思わない、という人たちが存在していることを知った。知らなかったのか。知らなかったんですねえ。

研修では、参加者全員のタイプが明示され、自分と異なるタイプの人の思考や行動についても学べるようになっていました。全員が生ける教材状態。
ビデオ教材(商談の場面)で、印象的だったこと。お客さん役の人が厳しい口調で「これではだめだ」と言ったシーン。私や同じタイプの人が「心が折れた」「もう終わった」と口を揃えたところで、別のタイプの人は「商談はここからだと思った」とのこと。なんと……。
実際、ビデオの中で、そのお客さんにきちんと情報を提供したら、商談はうまくまとまったのでした。あそこでビビって退散してはいけないんですね。相手のタイプを見誤ると、引くべきでないときに引いてしまったり、押すべきでないときに押してしまったりする。

相手に合わせて言動を調整する

(特に労働において)人と接するときに、相手のタイプを判別する→それに合わせて言動を調整する、を意識するようになりました。たとえば、「いつもより簡潔に、箇条書きでメールを書く」とか、「ミーティング中、にこやかにテンポ良く相槌を挟む*3」とか。まだまだ研鑽の途中ですが、実際に仕事がスムーズに運ぶ手応えもありました。「私がされたら嬉しいこと」と、「相手がされて嬉しいこと」は違っているんだなあ、それでいいんだなあ、とわかった感じです。知らなかったのか? 知らなかったんですよ! 実感としては!

よりよい、と思ってもらう

提供するものは同じでも、届け方を相手に合わせることで、よりスムーズに事が運んだり、喜んでもらえたり、信頼を得てリピートしてもらえたりする。渡し方を変えるだけで、満足度を上げることができる。それは面白い気付きでした。

せっかくなら、気に入ってほしいし、喜んでほしい。役に立ちたいし、活用してほしいし、満足してほしい。自分の感覚だけを頼りにしていると、人によっては、逆効果になってしまうこともある。相手をよく見て*4。振る舞いを調整して*5

よりよい提供のために、よりよいラッピングを。

 

よし、穏やかに終わった! メリークリスマス!! 何かあればこちらに!

 

*1:それはアドベントカレンダーなんだろうか? まず一人でやっている時点で普通のアドベントカレンダーブログではないのでな……

*2:人によって、何に対して緊張するか(ストレスを感じるか)が異なる。また、ストレスを感じる状態でどのように振る舞うかも、それぞれ違う。しかし、ストレスへの対応は、おおまかに4つに分けることができる(2×2で4象限に分かれる)。相手にとって負荷の少ない対応を取ることで、相手が気持ちよく過ごすことができる。結果、信頼を得て、ビジネスがうまくいく、という話だった。さらにその4タイプを4つずつに分けることで、細かくは16タイプに分かれる(パーソナルカラー診断か??)。さて、私はどこにいるでしょう。

*3:連句の助言のようだが、連句ではない。

*4:あの眼鏡屋さんのように。

*5:「『性格を変えろ』ということではない」と、講師の先生は繰り返していた。心根はそのままでよいのだと。ただ、相手のことを考えて、言動に少し注意するのだと。それは結構、気が楽になる話だった。魂を偽ることはできないからな。

港灯籠見に遠回り 良かった接客の話

これは2021年アドベントカレンダー「提供」第19日目の記事です。

昨日は私の婦人科的な不調と「女らしさ」の話をしました。非常に個人的で、かつ読んで愉快な記事ではなかったと思いますが、お目通しくださった方はありがとうございました。激励メッセージもありがたく拝読しています。これはやめとこ〜と自衛くださった方もありがとうございます。聡明で勇敢な決断だ。

今日は楽しい話がしたいな。「今年受けて良かった接客」の話をします。

タイトル句は丸亀港の太助灯籠です。よろしくお願いします。(?)

www.love-marugame.jp

発句 冬 クチナシの焦げた葉にやる冬の水
脇 雑 ピザの耳からチーズとけだす
三 秋の月 月影よ差せよ血潮の浅きまで
四 雑 港灯籠見に遠回り

その1.鋭い眼鏡屋さん

私のかわいい2本の眼鏡

私は眼鏡を2本持っている。古い方は「おうち用」、新しい方は「労働・お出かけ用」*1。新しい方の眼鏡は「にっかり青江極みたいな色味、かつ聡明そうなやつ」と思って選んだ……と思う。しっかりした作りで、2年くらい使っているが、まだフィット感が落ちない。ありがたい。

古い方の眼鏡は、いつ買ったか忘れちゃったな。だんだんまっすぐ掛けられなくなってきて*2、買い換えたいなあ、できれば「自宅に篭って原稿をやっている人」みたいな眼鏡が欲しいなあ、と思っていた。それでしばらく、べっこうぶちの眼鏡を探していた。

鋭い眼鏡屋さん

ある時立ち寄った眼鏡屋さんで、べっこうぶちべっこうぶち、と試着をしていたら、店員さんが「似た感じで、こちらはいかがでしょうか」って、別のべっこうぶちの眼鏡を出してくださった。すごい。ちゃんと手元を見てお勧めしてくださる。眼鏡をクリーニングしてくれると言うので、青江眼鏡を託した。綺麗になった青江眼鏡をかけ直していたら、店員さんはさらに別の眼鏡をお勧めしてくださった。なんと、青江眼鏡に書かれている産地を見て、同じ土地のもので、べっこうぶち系のものを探してきてくださったのである。す……すごい!

言いたいことと、言うべきこと

別の眼鏡屋さんでは、ひたすらべっこうぶちを試着している私に、最近の入荷品(べっこうぶちではない)をお勧めしてくださる店員さんもいらした。自分が勧めたいものを勧めるべき時もあるし、相手の考えがわかるならば、それに合わせて言うことを変えるべきときもあるのだなあ。私も話す相手の様子に注意深くあろうと思ったのであった。

新しい眼鏡ちゃん

眼鏡は無事決めることができた。残念ながら、鋭い店員さんのいらっしゃるお店が旅先だったのもあって、近所のお店で決めてしまった。だけど、鋭い店員さんのいらっしゃるチェーンは前々から気になってもいて、いつかどこかで使いたい*3

引っ越しもあるし*4、「缶詰原稿女」路線からはちょっと変えて選んだ。青江眼鏡とはまた雰囲気が違う子で、引き取りを楽しみにしている*5

その2.悲しむドラッグストア店員さん

お風呂の洗剤が壊れた。切れた、ではない。スプレーの首がもげてしまったのだ。私が無理な力を加えたせいだったのだが。新しいのを買うためにドラッグストアに行った。入店して気づく。蛍の光が流れている。店員さんが屋外の棚を通路に入れている。閉店間際だったのだ。

「あの、もう閉店ですよね」、と声をかけると、店員さんは棚を押しながらも笑顔で、「商品がお決まりでしたら大丈夫ですよ!」と明るく答えてくださった。ありがたい!「決まってます!」私も勇んで答え、それらしき棚に行く。……見当たらない。見慣れた(今では変わり果てた)形のスプレーがない。焦りで見落としているのか?
さっきの店員さんを探して、「お風呂の洗剤なんですが……」と言う。棚はやはり合っていた。よく見ると、値札はある。だけど、物がない。

「あの、これの本体は……」
「本体、は、ないですね……、今日入荷がなくて……詰め替えならあるんですが」
「いえ、あの、本体がぶっ壊れて……」

私は一体何を言っているんだと、私も思いました。「はい?」って訝しげにされるかもしれない……そう内心で焦った時、しかし店員さんは、「ああー!」と悩ましげに身を捩ったのであった。それで私は、なんだか癒されてしまったのだ。

私もまさかスプレーボトルの首を折るとは思わなかったし、首の部分を強く握って騙し騙し風呂掃除をするのは情けなかったし、平日夜は普段は引きこもっているので買い物に行くだけで大騒ぎなんですけど、でもそのささくれた心が、すっと癒えた。この、(店じまいをしているのにやってきた)客の無念のために、悲しみ、やり切れないと思ってくれたのだ、と思えたから。

私は店員さんに、閉店間際の来店を改めて詫び、対応への感謝を述べ、急ぎ店を出た。またここで買い物しようと思いながら。閉店間際じゃない時に。

感情を肩代わりする

テンパっている時に、自分よりテンパっている人を見ると、落ち着く、ということがある。今回は、悲しみややり切れなさについて、他人が表出してくれると自分の気が楽になるということを改めて知った。割と面白い気づきだ。意識して使えたら便利そうな技である。他人の感情を先回りして肩代わりすることで、相手によい影響をもたらすこと。ちょっと難しそうだけど*6

なお、スプレーは急ぎだったので、別の店で買った。買えてよかった。

その3.丸亀のあったかい人たち

最後に、丸亀の話をする。10月30日(土)〜31日(日)と、ニッカリ青江プレミアムマンス開催中の香川県丸亀市に滞在した。丸亀訪問はこれが4回目*7

丸亀の接客業の人はあったかいなと、毎回思う*8。今年の丸亀旅の遠出メモ*9を、一部改変して引用する。和菓子屋さんと、レンタサイクルの人と、居酒屋の店員さんが出てくる。

遠出メモ

初日に丸亀城に行った後の話。めちゃめちゃ長い。適当に読み飛ばしてください。

寶月堂さんに寄る。外のベンチに審神者たちが座って何か飲んでいる。店内で好きなお菓子をいくつか取ってレジに行くと、「お飲み物は」と聞かれる。わらび餅ラテがあるそうで、沖縄黒糖で注文。いい加減糖分を取らねばならない時間帯であった。助かった。通販使わせてもらってますと言えてよかった。(中略)
ドリンクの待ち時間にガチャガチャを回す。切れてる石灯籠が出る。お店の方が「何出ました?」と聞いてくれて、「切れてる石灯籠が……」と言うと、「なかなか出ないんですよ! いいことありますね!」と言ってくださった*10。あったかいなあ……。
外でわらび餅ラテをいただく。かき混ぜて気づく、あ、これ、和風タピオカってことね。飲んで思いました、わらび餅ラテは天才。おいしい。生き返る。(中略)
体力と気力を回復して、レンタサイクルを返却。横断歩道を渡っていたら「おきゃくさーーん!!」と呼ばれる。お釣りが出るらしい。「帰るときは一声かけてよ〜」と困り笑いしてくれて、ああ、都会と違って、働いている人に感情がある……と静かに感動する。都会、「出してはいけないとされる感情」がとても多いみたいね。丸亀に来るたびに思いますが。謝って、300円を返してもらいました。隣になんでかいたおっちゃんが「ちょっとでも戻ってくれば、なあ」と笑っていた。ああいう人東京で見たらちょっと警戒するもんなあ。(中略)
そんで、駅のセブンでお金をおろしてから、前回(2019年12月)も立ち寄った居酒屋さんへ。今度ニッカリ青江が展示されるときにはまた来ますねと言ったので。大将も、一緒に働いてる若い人たちも変わってなかった。なんか安心する。若大将がニッカリ青江の話を振ってくれたら、隣にいた、なぜかすでにベロベロの*11、いいお年の男性二人組が、「ニッカリ?」「ニッカリ?」と言い、若大将が「ニッカリ」と頷くと、「青江?」「青江?」と言ってて、うわあ、地元のおじさまにも覚えられて……と謎のめでたさと気恥ずかしさが襲ってきた。なんだそりゃ。
大将に「四国はここしか来たことない」と言うと、「都会の人はだいたい四国って言ったら高知に行くよ〜」と笑っていたけど、嬉しそうだった。「夫がいなければ丸亀に住んだと思うんですが……」とお会計の時に言ったら、「いやいや、それだけ丸亀を愛してくれて嬉しいですわ」と言ってくださった。四国は東京よりも貧富の差が少ないので、ギスギスしていない、と言っていた。へえ〜。

ゆるっとした人たち

丸亀の接客男性は、特に、ゆるっとしてる、という感じがする。前に丸亀に来た時に泊まったホテル、丸亀ではない香川県内に泊まったのだが、予約した部屋より大きな部屋を宛てがってくれていた。それ自体は他のホテルでもやってもらったことがある(部屋が空いてる時ね)。しかし香川のフロントの人は、「かわいそうだから、ちょっと大きい部屋にしましょう」とサラッと笑って鍵を出してくれたのだった*12。これはめちゃめちゃ面白かったが、同時に大変衝撃だったので、相殺されてまあまあ適度な音量で「うわーありがとうごさいます!」って言ったと思う*13。同じことをしてくれた東京お茶の水のホテルの受付男性は「どうぞごゆっくりお過ごしください」って微笑んでくれたんだが。

人間味がある。お店の人に感情がある。それは久しく忘れていたことであった。不躾、不快、と思うという人もいるだろうけれど、私には新鮮で、快い体験だった。

私も労働をする中で、相手にとって快い対応ができたらいいなあと思う。相手を良く見て、相手に合わせて*14

 

おお、穏やかな記事に収まった。ありがとう素敵な接客をしてくださった方々。

明日でアドベントカレンダーはほぼおしまいです(例年、25日はまとめ記事です)。いつもお付き合いありがとうございます。

マシュマロ、まだお返事できてなくて恐縮ですが、嬉しく読んでいます。ありがとうございます。最後に、聞きそびれた! ってこととかあればぜひどうぞ。それと、アドベントカレンダーが終わったら、感想くださいって言うと思うので、書けそうな方は素振りしといていただくと嬉しいです。感想強盗。でも読んでくださるだけで十分嬉しいので、年の瀬、無理なさらず(でもいつ感想もらっても嬉しいです)。

 

*1:在宅勤務をしていると、「出勤」「退勤」のけじめがつきにくい。眼鏡を替えることで気分を替えている(スリッパもマグカップも替える)。

*2:私の顔面が歪んでいるのかもしれないが、もしそうなら、青江眼鏡は私の歪みに合わせて歪んでいるということになる。君色に染めようっていうのかい?

*3:OWNDAYSさん。

*4:新たな土地の人に、馴染みやすい印象をもってもらえるといいなあと思いますので……

*5:来年出かけるときには、新しい子をかけていく……かも。

*6:あの店員さんは純粋にいい人だったんだろうなあと思う。

*7:ニッカリ青江脇指を見るのは3回目である。前回の丸亀訪問が青江展示期間外だったため。

*8:あるいは東京の人が冷たいのかもしれないが

*9:後で自分が読み返すための個人的なメモ。旅先でほぼリアルタイムに書く。移動中や、ご飯を待っている間や、宿でゴロゴロしながら。

*10:このガチャガチャは全6種で、切れてる石灯籠は1種しかない。ただ私は前回も早期にこれを当てた。

*11:私は居酒屋さん開店とほぼ同時に入店したのだが、後からいらしたこの二人組はいったいどこで飲んできたのだろう?

*12:部屋の大きさについて、当時のメモ引用:ドア開けたらドアが3つある……! お布団2組敷いてある……! 続きの間もある……! 万歳!

*13:なお、そのホテルの朝食ビュッフェも面白かったので、メモを引用する:朝ごはん会場のお兄さんたちが優しい。丸亀の接客男性みんな穏やかで優しくない? 「ピザ焼けたんですけど、どうですか」ほかほかピザを持ってきてくれる(アドベントカレンダー注:一般的には、「ピザ焼き立てでございます、いかがでしょうか」、とかではなかろうか?)。素朴だ。デニッシュもフレンチトーストも来る。食べる。フレンチトースト甘さ控えめだ。おいしい。
チェックアウトの際のカウンターの男性もダンディかつ柔らかい。「朝食召し上がりました?」「たくさんいただきました!」「素晴らしい!」「ピザも食べました」「それは最高です! またいらしてください〜」という感じ。良い。

*14:接客業の人が感情を出しても大丈夫なのは、接客業の人だけの問題ではなくて、お客さんの器が大きいというかおおらかというか……そういう土地柄なのかなあ。

月影よ差せよ血潮の浅きまで 女性性の提供

これは2021年アドベントカレンダー「提供」第18日目の記事です。

昨日は近所のパン屋が閉店して不便だし悲しいという話と、二次創作文章書きの技術向上の話をしました。

タイトルの一人連句は続いています。今のところ、
発句 冬 クチナシの焦げた葉にやる冬の水
脇 雑 ピザの耳からチーズとけだす
三 秋の月 月影よ差せよ血潮の浅きまで
構成表は無茶苦茶です。今日は丸いピザからこぼれるチーズが月光になりました。

今日の記事では、ここしばらく書く書くと言っていた、女性性の提供の話をします。

読んだ記事のこと

上記記事を読みました。

私がこれから書くことは、この記事の内容とは関係がない(具体的には、化粧の話は出てこない)、すっかり私だけの話であることを先にお断りします。他人の俳句から140字小説を書く方がまだ関連があると思う*1

内容に明確な関連はないけれど、私がなかなか書けなかったことを書くきっかけをくださったのは間違いなくこちらの記事でしたので、リンクを置いています。書いてくださったこと、公開くださったことに感謝申し上げます。

そして、読んでくださるあなたへ。
体調不良や女性性に対する偏見や不妊治療の話題が出ます。読んでいてつらくなることがあるかもしれません。そんな時には、無理せず読むのをやめて、心穏やかになることをされてくださいね。私はあなたを傷つけたくありませんが、助けることができませんので、どうかご自衛のほど、よろしくお願いします。

それと、私は、友人の妊娠や出産のことは、知りたいし祝いたいと思っています。それは本当。ですので、教えてほしいし、祝わせてほしいです。よろしくお願いします。

女性性の不足と安寧

月経が不規則である。加療しなければ年に3回か4回くらいしか来ない。200日空くこともある*2

月経が来ない私は「女性」として欠けている部分がある*3。その欠落感をもって、自分が「女性らしくない」ことを(不当に)肯定してきた。それは、かわいくもないしかわいげもない、気も利かないし周囲に愛されるための振る舞いができない、私自身への許しであった。――「女性性」に対するベッタベタの偏見だな……、自分でドン引きなんですけど読者の方は大丈夫ですか? 無理な場合は無理せず閉じてくださいね。

月経がちゃんと来ない。私は「女」ではない。だから「女」をやらなくてもいい。(これはほぼ大学時代の話。高校時代は、少なくとも受験期の前までは、それなりに規則的に月経があった*4。)

女性性の不足と罪悪感

月経が来ないことで、月経に関連する諸症状もない。私はそれについて、世の女性たち(規則的に月経がある女性たち)への罪悪感を持っていた。そういう話をアドベントカレンダー5日目の脚注でしており、少し長くなるが引用する。

*1:

ええと、そう、後ろめたい。

PCOSがあるために、生理の頻度が少ない。そのために、女性であれば当然あるべき苦痛を、不当に免除されているような気持ちになる。ずるをしているような。その分ちゃんと働かなきゃいけないような(まあ、働きはするんだけど)。だから、挙児希望をもって通院する時の、肉体的精神的時間的金銭的な負担及び苦痛を、「正常でない自分の身体への罰」のように思うこともあれば、「これまで生理やPMSといった苦痛を免除されていたことへの償い」のように思うこともあって、二重に苦しい、ということがある。もしかすると、これはPCOSあるあるなのかもしれない。どうなんだろうね、聞いてみたことがないから、わからないけど(突然にっかり青江単騎出陣みたいになる)。

月経が来ないというのも楽ではない。月経が来ない(具合が悪くならない)ことこそが私の具合悪さだ、というのは、二重三重に苦しい。壊れたままでいても苦しいし(女性性の免除を自分に許していても、この身体は普通ではないとわかっているし、それはやはりつらいことである)、(服薬で)治すと月経随伴症状で心身がつらい。どうして治して具合が悪くなるんだと恨み言を言いたくなるが、普通の女の人はこれを毎月やっているのだと思うと、口を噤む他ない。

挙児希望と女性性の提供

しかし、子どもが欲しいなら、女性性を取り戻さねばならない。通院して投薬を受け、排卵を起こすのである。子どもができなければ、規則的に月経も来る。妊活界隈では、月経が来ることを「リセット」と呼ぶ。うまい言い回しだと思う。そこまでの1ヶ月間がすっかり水の泡になる感じ。

黄体ホルモン補充がつらかったことも、何度かリセットになってメンタルが終わったことも*5*6、月経が単にダルいことも、他の媒体に書いたり歌にして本にしたりしており、ここに書きたいことはあまりない。

しかしまあ、つらかったので、何回か思った。
私の身体が壊れていなければ。
時間やお金を使って病院通いをしなくてよかったし、「そもそもなんで子どもが欲しいんだろう、ここまでして」なんて悩まなくてよかったし*7、っていうか今頃すでに経産婦だったかもしれない。お母さんになった同期たちのように。

だけどまだ挙児希望はあるのであった*8。引っ越しでしばらく治療はお休みするけれど、落ち着いたらまた病院通いになるのではないかな。いやはや、子どもを授かって産むのは女性の身体の自然な機能ではなかったのか。私は一体なんなんだ。戦国武将の妻だったら石女と罵られて国許に返されていたに違いない。

月は女性性と重ねて語られる。その月光が、私のいつまでも薄いままの子宮内膜に届いたら、いい感じに毎月月経が来るようにならないかなあ(女性性が勝手に復活しないかなあ)。タイトルはそういう句です。まあ、私の無月経は中枢性だから、腹に届いたってしょうがないんだがな。わかってるんだ。それでも。

 

こんなに読み心地の良くないアドベントカレンダーは初めてではないか。ここまで読んでくださったあなたは、あったかいものを飲んで早急に寝ましょう(私もそうします)。お読みいただいて、ありがとうございます。

激励を募集しています(今日は激励指定)。

*1:ここで、上記記事の筆者と私は、互いの俳句にカード一枚分程度の文章を付け合ったことがあることを補足しておく。

*2:不妊治療クリニックでお世話になっている看護師さんが、初回カウンセリングの時に「200日?」とびっくりされていた。あ、やっぱりこれはおかしいんだなあ、と他人事みたいに思った。来ないのが私の普通なんだがなあ。

*3:追記:2013年にこのようなツイートをしていた:ゆあれ💐 on Twitter: "薬がないと生理がまともに来ないことで「自分は女として欠陥製品だし生きてていいのかな~」っていつもどっかで思ってますね"

*4:私の身体は大学受験で時を止めているのか。お肌の調子は順当に落ちてきたっていうのによ〜。

*5:直近のリセット時には弊本丸の前田藤四郎極に布団を敷いてもらって一緒に寝た。まあ、ちょうど引っ越しも決まったし、今授かっても大変だっただろうとは思う。通り過ぎて行ったのは、きっと賢い魂だったのだ。私が伴侶を全力で支えられるように、手を空けておかせてくれた。

*6:しかし、6回程度リセットになってこれでは、数年間不妊治療を続けている人たちの心中はいかばかりなのだろうか。想像を絶する。

*7:子ども欲しさに理由は要らんだろう、というのが私の今のところの見解である。論争できるほどの元気がないので、ここについてはスルーしてほしい。

*8:なぜ子どもが欲しいのかについては、先日いただいたマシュマロのお返事にも書いたが、「私は絶対子ども欲しくないというわけではない」+「伴侶が絶対子ども欲しい」、でだいたい説明できる。私の、クチナシが続々と付ける蕾を見て子どもがいてもいいなあと思ったことや、古い友人と「子ども同士を幼馴染みにしようね」と約束していることや、春の朝日が降り注ぐキッチンで不意に「私、この世に人間を一人増やせるらしいな」って思ってわくわくしたことや、2205年に私が残せるものは国立国会図書館に納本した本がさしあたりあるが、他にもないかしら、子どもがいたら希望が持てるかしらと思っていることなんかは(これは子に子を設けることを強要しそうであまりよろしくない思想だという自覚はある。今のところ私は私の子が(いたとして)子を生そうが生すまいがどうでもいいのだが、実際に子ができたら私も「孫の顔が見たい」とか言い始めるかもしれないし、確かなことは何もない)、それをもって「子どもが欲しい」と胸を張れるものではなかろうという自覚はある。

ピザの耳からチーズとけだす(作文の研鑽の話)

これは2021年アドベントカレンダー「提供」第17日目の記事です。

昨日は鉢植えの世話の話をしました。苔が大好きという話も。それと、私は澄んだ水が好きで、流れない水(池とか)<流れる水(川とか)<落ちる水(滝・渓流)の順で好きです*1。よろしくお願いします。

ブログタイトルを575→77→575→……にしたら、ひとりアドベントかれんくができるのではないかと思った末、ピザが出ました*2*3。ピザの話から始めないといけないぞ。急遽タイトルに振り回されるアドベントカレンダーになってしまった*4

ご近所さん栄枯盛衰*5

近所にピザ屋さんが開店するらしい。こっちにいる間に、一回くらいは食べられそうなタイミングでオープンする。これはぜひ行ってみたいと思う。
しばらくこのへんに住むうちに、新しくできたお店もあり、なくなってしまったお店もいくつかあった。私にとって特に影響が大きかったのは、パン屋さんである。私はおかずを一週間作り置きし、一週間同じものを食べ続ける生活パターンなのであるが*6*7、たいがい木曜日に飽きが来る。それで、お昼ごはんをパン屋さんの美味しいパンにしていた。パン屋さんを失った私はランチ難民もどきになっている*8。失われた美味しいパンに未練があって、コンビニには入りにくい。この間は配達サービスを使った*9

結局、近くにあるものでやっていかないといけないのだ。あのパン屋さんはもう戻ってこない。私も(このあたりには)戻らぬ人になるわけだし、お互い様だな。ぐすん。

Feed myself

近くにあるものでなんとかやっていかないといけない。それはそう。ごはんは自分で作ったっていいし、よそに買いに行ってもいい。宅配を頼んだっていい。すてきな二次創作文章が読みたくなったら、pixivを徘徊してもいいし、殿堂入り同人誌を開いてもいい。そしてもちろん、自分の手で生み出してもいい(結局二次創作文章の話をするのか! はい、そういうことになりました)。

自分のための技術向上

iPadが欲しいな~と思っていた頃、 二次創作字書きにiPadはかなり良かった|長谷川ミオ|note を参考にしていた*10。同じ人の記事で、 二次創作字書きがなんかすごい小説を書くための4Step|長谷川ミオ|note というのを見つけて、そちらも読んだ。

なるほどな、と思う記事だった。同じ人の以下ツイート群も参照した*11

というツイート群を読んで、以下のようなことを考えた。

  • 作文屋としての技術向上のために研鑽を積む、という知見を得た
  • 私には、目指す作文屋像のさらなる追求が必要

当時のツイートをそのまま引く。余談部分が多いがご容赦を。

rtも一通り拝見して、「趣味でも、できることだけしていては楽しくないから、できないことを攻略する」って考え方、そうか! と思った。

私が「作文の技術がほしい」と思う時、「頭の中にあるものを、どうしたら書けるか」とか、「ただ見せるだけじゃなくて、もっとおもしろい見せ方はないだろうか」と考えることが多かった。「この話が書けたら、多分あっちの話のつっかえてるところも書ける……」と思うこともある*12

だけど、いずれも個別具体の作文の話にとどまっていた。そうではなくて、その「つっかえているところ」を、もっと汎用的な私の課題として捉えて解決して、作文屋の私の血肉とすることは、考えてなかった。
「できないことをできるようになると、もっと楽しい」って、こんなに明確に思ったことはない。

まずは理想の文章について考えるところから。

一息ついて、「自分の理想を決めて、ギャップを確認して、それを埋める方法を考えて、実行する」は、基本的には自分のことだけ考えてればよいわけか、それはそれで向いてそう、と思いました。最初のと3番目のところは他の作品や作者さんについて考えること多そうだけど。

お風呂でぼんやり考えたけど、私、「なりたい作文屋像」がないな!? ……ないな? 青江!! どうしよう青江!!! なりたいものがない!!!! 書きたいもの!? ある!! 書きたいものあるけどなりたいものがねえ!!! 青江!!!

「なりたい姿が明確でないのに自己を卑下している」とか「他人をひどく妬む」とかでないなら、なりたいものがなくたっていいんじゃないかい、だそうです 悩みがあるひとは理想を問い直したらどうかなあと思うけれど、悩みがないひとに悩みを作れとは言わないかなあ、と心の部屋にいる青江に笑われる回*13

青江と喋ってて思い出した 私には「こういうものが書ける人になりたい」っていう技量的な目標は今のところ特にないけど(ただし書きたいものはある)、それはおいといて、私は愛と知性の作文屋になりたいんだった! スローガンがありました 思い出した よかった! おはなししてくれてありがとうな

青江「bio見なよ」
はい

引用がコントで終わり半笑い(雑句)。

作文遊びで筋トレをする

目指す作文屋像は判然としないままであるが、って書いたけど、あ! 今年はめっちゃ「私の理想」の小説を読んだんですよ!! 私もこういうのが書きたいよ~!!*14*15

pinnni.hatenablog.com

ええと、なりたい作文屋像はまだ十分には言語化できていない。ものの、今年は、作文周りで貴重な体験もさせてもらったし、作文筋の向上を感じた遊びもあった。簡単に記録しておく。

140字遊び

「同じテーマをもとにした140字を二人それぞれに書く」遊びを9本やった。私にしてはかなりのハイペースであった*16。後日、この遊びとは関係ない句会の最中に突然「俳句解凍140字を書こう*17、制限時間30分で」となった時にもなんとか3本書き、無事「作文メーカー」などの二つ名を得た*18

プロット交換

これはお二方にお相手いただいた。一つは「相手が書き終えている話の骨子をもらって、勝手に肉付けして書く*19」、もう一つは「自分が書きかけの話の設定を渡して、好きなオチを付けてもらう(そして自分も書く)」。

どちらも、同じ情報から出てくる作品の違いや同じところがとても興味深く、非常に楽しかった*20。普段書かないキャラクターを出せたり、普段はしない性格付けにしたり*21、普段はさせない言動をさせたりできる*22。自分一人で書くときに、無意識に被せている枠を感じる。

景品の提供

あ、まさに「提供」じゃん! オンラインイベントのエアスタンプラリーの景品(140字)を書かせてもらいました。当たったら嬉しい、誰が読んでも楽しいやつ……とは……!? となりながら書きました。普段は自分が読んで楽しいやつ、とばかり思って作るので、貴重で楽しい経験でした。

Give you what I made

上記のような作文は、自分の筋トレでもありつつ、「確実に誰かが読んでくれる文章」でもありました。て、「提供」だ……! 特定の誰かが読んでくれるとわかっている作文、好きです。相手を思い浮かべながら書くものは、普段の自給自足作文とは違った視点に立てて、新しいことができます。どうしたら喜んでもらえるのか考えて書くのも楽しいものです。自分のために書く私は、欲しいものをもっと精確に書き表したいというのもあるし、せっかくインターネットの海に出すならば(それが私が「どこに置いたっけ」とならないようにするためだとしても*23)、他者に、より楽しんでもらえるものを書けるようになったらいいなあと思います。目標を定めて研鑽あるのみ。

目標を定めるところからだよ!

 

今日はここまで! ピザの話全然関係なかったな。明日どうしようかな。何かあればこちらにお願いします!

*1:ここに海が出てこないのは、海のイメージが一定していないから、かなあ。海のある土地に暮らしたらどうなるんだろう。九州には海なし県がなくて、海も山もない関東平野育ちは気圧されています。か、からっ風なら負けねえ(たたかうな)。

*2:クチナシの葉の縁が焦げている→カリカリのピザを連想→カリカリだと「焦げ」にイメージが被りすぎるか?→耳にチーズの包まれているピザにした🍕🧀 はちゃめちゃすぎでは? しかし(何事もなかったかのように続ける)焦げた葉をピザにあてるなら、合わせて、水をコーラにあててもよかったかもしれない。

*3:これはなんだろう、「言葉の連想」から付けるやつかな? 連句の付け方には、「言葉の連想(鶯→口笛、など)」「意味(前句の結果を示すか、前句の原因を説明する)」「雰囲気を共通させる(これはまだよく理解できていない)」の三種類の付け方があるらしい。

*4:明日は続かないんじゃないか。持続可能性に欠ける。

*5:今これを「えいこすいせい」って書いて変換されず(栄子水星)、ん? となった。日本語が書けない。

*6:それでたまに日曜夜に、めし作りもくりをやっている。

*7:同じものを大量に作るのが私のデフォルトなので、「きっかり一食分の、できたておかず」に憧れがある。

*8:冷蔵庫を開ければ食べるものはあるので、厳密な「難民」ではない。

*9:配達サービス、美味しいものがすぐ届いて、便利である。難点は、届く頃に昼にしようと思うといいタイミングで注文しておかないといけないのが面倒、その割にお店がたくさんあるので悩ましい、そして配送料がもったいないぜと思う私の根性である。

*10:その後私もiPadをお迎えしたあんさんぶるスターズ!!のMVが大画面で見られて最高です(大画面で見てもやはり手を離してやれてないこの曲とか)。DMM動画に入っている刀ミュも同様。もちろん作文にも使える(取って付けたように……)。

*11:最初のツイートの『「頭の中の妄想をそっくりそのまま取り出して見せたい」って願望、多分そのまま皿に載せてもあんまり面白くないんですよ。』の部分は、私が「性癖だけでは長く作文ができない」と言っていることと似通っているようだと、今改めて気がついた。そりゃあね、〇〇が××して▲▲になったら楽しいだろうさ。だけどそこだけを書き起こしても、思ったほど面白いことにはならないということに気が付きはじめた。そして、面白くないのでろくに書けない、という負のスパイラルに陥る。それを避けるために、性癖ではなく信念を中心に据えて作文をすることを意識してきたここ最近であった。今書きながら考えているんだけど、おそらく私の「性癖」には必然性が薄くて、だからストーリーにならなくて、長い話になりようがないんだろうな。これも大事な気づきな気がする。

*12:アドベントカレンダー注:これは「慈雨」を書けたら「アイリスの庭」を書くことができ、「アイリスの庭」を書けたら「陽炎」を書くことができる、という話。

*13:アドベントカレンダー注:心の部屋の縁側に青江がいる。たまに他の人も来る。ゆあれ💐 on Twitter: "にっかり青江は私の心の広縁にずっといて(旅館の窓際の、机と椅子がある細長いところ)Switchとかして過ごしてるんだけど、この頃和室ゾーンによくセットで出没する襟巻コンビについて、石切丸が部屋に来る前に何か話をしておいた方がいいかなあと思っている(元死者がはらきよされないように一応)"

*14:紙の本で欲しくて、hontoのカートに入れてたのを他の本とまとめて決済したが、ご用意できませんでしたメールが来た。ぐぬ……遅かった……。

*15:こんなに大好きなら作者に感想を送れと言う私と、こんなに大好きな気持ちを作者になんて言えねえと言う私(すべては言葉にできない感慨なんだ……)、そして英語でお手紙を書くハードルが高いよ~と寝そべる私がいる。DeepL先輩を使え。

*16:普段は鍾乳洞の壁に張り付いて竹筒に水を集めているのだが、一時的に人里に降りて井戸から桶を引っ張り上げまくる人みたいになっていた。ひ弱な筋肉よ……

*17:「俳句解凍140字」……これまで句会に提出されてきた句の中から好きなものを選び、140字で小説を書く遊び。楽しい。このあたりが元ネタらしいです。あっ、この概念を応用すると、連句解凍小説が書けるかもしれない(?)。

*18:「戦闘淑女」なる二つ名も貰った。こちらはタイマン句会において相手を見てお題を出して句を作ることから付けられたっぽい(由来を忘れて議事録を確認してきたが、それでも完全には思い出せなかった。好きな言葉なのに。「戦闘淑女」)。

*19:noteでも話題にした: 友人に要求仕様書という名のプロットをもらい、二次創作小説を書いて納品した話|u_u_c|note

*20:いずれも数ヶ月かかってしまい、申し訳なかったのだが……

*21:「個体差」概念のあるジャンル、

*22:殴り合いの喧嘩をさせる、胴体を切断させる、など。

*23:しかしpixivと城のどっちに置いたのかわからないという事故がおきている。

クチナシの焦げた葉にやる冬の水

これは2021年アドベントカレンダー「提供」第16日目の記事です。

前回は、引っ越しますという話と、引っ越しても文章を書いていられますようにという怯えた祈りについて書きました。個別に声をかけてくださった方、ありがとうございます。元気出ました。

今年のアドベントカレンダーを少し読み返したところ、文章を書く話ばかりしていた。別の観点の「提供」の話もしておきたく思います*1。うーん、ハウスキープの話とか*2

草花を飾る暮らしがしたい

家に花をね、飾れたらいいなって思うんですよ。だけど私、切り花に向いてないんだな。毎日水を換えたり、蕾や花の様子を見たり、ということができない。一回、放置していた花を久しぶりに引っ張り上げたらむちゃくちゃかびていたことがあって、それから切り花は買わなくなった。

鉢植えの方が向いてる

去年のゴールデンウィーククチナシの鉢を買ってわかったことには、私、鉢植えの方が向いているらしい。少し放っておいても大丈夫なところもありがたいし、年単位で生きていてくれるのもいい。家に水気ある土があるのもいいし、土に苔が生えてきたのも嬉しい*3

最初はサムネ画像の通り机の上に置いていたのだけれど、植え替えをしたら置けなくなり、今は外に出てもらっている。

苦労のクチナシちゃん

向いているとは言ったが、今年は苦難を与えてしまった。(虫の話で恐縮ですが)春先には蛾の幼虫が10を超えて付き、若芽と蕾が軒並み食われてしまったり*4、夏には数日留守にした間に水不足と陽光で葉が焼け焦げてしまって、無情に剪定する羽目になったりした。私の不行き届きで余計なダメージを与えてしまったが、それでもちゃんと新芽を付け、秋には(咲かないけど)蕾も出す*5。生きててえらいなあと思う。

他者を心に入れる

『キッチン』のえり子さんが、「本当にひとり立ちしたい人は、なにかを育てるといいのよね。子供とかさ、鉢植えとかね。そうすると、自分の限界がわかるのよ。そこからがはじまりなのよ。」って言ってた(吉本ばなな『キッチン』、角川文庫(1998)、p60)。意味がわかっているわけではないけれど、印象深くて覚えている。鉢植えを食われたり焦がしたりした私は、少し実感に近づいたような気がする。自分ではないものの状態を日々気にかけ、手をかけてやること。何年も付き合っていくために。

次の家にも、鉢のクチナシは一緒に行くだろう。春には何はなくとも除虫剤を撒こうと思う。

 

今日はここまで! よし、ライトな記事が書けましたな(?)。明日は何の話をしようかな。

何かあればどうぞ!

*1:「女性性の提供」は今日は間に合わなかった。どっかで出せるかな……どうかな……。

*2:家事は「提供」なのかという話には触れないことにする。一人暮らしだって自分自身のもてなし的な意味でやる丁寧な家事は自分から自分への提供だと思うし、誰かと暮らしている時に誰かの分も何かをするのは「提供」と言ったっていいと思う。ただ、前の記事にも書いたように、「提供」が「犠牲」の意味を伴うと途端に論争の火種になりそうなので、あんまり触れないようにしたい。というか、自分が傷つくからかな。一緒に暮らしている人の生活をできる範囲で支えることはごく自然な振る舞いだと思うのに、それを自己犠牲だと呼ぶのは。

*3:ふかふかの苔が大好きです。

*4:葉に小さな穴が空いていることには気づいていたが、放置していたのであった。その時にもっとよく観察して原因を突き止め、除虫剤を使っていれば蕾が全滅することもなかったのにと、ひとしきり凹んだ。虫は得意ではないが、怒り(主に愚かな自分自身への怒り)と悲しみ(これは無残な姿になったクチナシちゃんへの悲しみ)を胸に、へっぴり腰ではありつつも、物理(剥がして屋外へやった)と化学(除虫剤)で殲滅した。

*5:去年の春、まだ机の上にいたクチナシが、連日新しい蕾をもつのを見ていた。全部は咲かないけど、お構いなしに増えていく蕾を見て、生き物って、増えるのが自然なのだなあと、なんだかしみじみ思ったのだった。それで、子ども、いてもいいかも、って思った、のも確か。2020年の春の話。